Photo Credit: Mickey Lee

2023年2月
BBCのラジオ放送開始から100周年を迎えるにあたり、サウンド・アーティストのニック・ライアン(Nick Ryan)は、他14人のアーティストと一緒に、通行量の多いスペースでの意見交換、教育、芸術鑑賞を促進するための記念アートインスタレーションの提案書を提出するよう求められました。ロンドン中心部のウェストミンスターにあるストランドの歩行者天国化されたばかりの場所に、交通渋滞や騒音で有名なこのエリアを、環境に優しく、年間1400万人が訪れる文化的に魅力のある空間に変え「再生」することを目的としました。

ストランドは、ロンドン中心部のウェストミンスター市にある大通りです。中世には、ストランドはロンドン市(市民と商業の中心地)とウェストミンスター王宮の別々の居住区を結ぶ主要なルートとなりました。ストランドという名前は、歴史的にテムズ川の北岸を走っていたことから、古英語の「strond」(川の端)に由来します。何世紀にもわたり、行列のできる道であり、現在ではロンドンの主要な幹線道路となっています。

Photo Credit: Mickey Lee

「私はサウンドインスタレーションを提案したのですが、15人のうち、音に関するアイデアを出したのは僕一人でした。」とライアン氏は振り返ります。そこで、歴史的に交通騒音に悩まされてきたこの地域にクリエイティブなサウンドスケープを作る機会を利用しました。「この地域はサウンドではなく、騒音で有名になったので、とても興味深いと感じました。」とライアン氏は語ります。「ストランド通りのど真ん中にあるセント・メアリー・ル・ストランド教会は、300年前に1階に窓を設けずに設計されましたが、それは当時、既に交通騒音の問題があったからです。」

「私の考えは、コントロールされた方法でサウンドを利用することでした。」と説明します。「300年に一度変えるのではなく、1秒か1分ごとにサウンドスケープを変えて、長く、非常に精巧なスピーカーアレイを使って、音で空間を活気づけたいという考えでした。」

いくつかのプロトタイプを作成し実験した後、ライアン氏は39台のL-Acoustics 5XTコアキシャル・スピーカーを使ったリニアサウンドアレイを作成しました。各スピーカー間を3.5m空け、新しい歩行者通路に沿って配備しました。AVBネットワークを利用して、独立して制御できる10台のL-Acoustics LA4Xアンプリファイド・コントローラーがアレイをドライブしています。

Nick Ryan氏。Photo Credit: Mickey Lee

都市におけるサウンドスケープの再構築

ライアン氏は、ロンドンのサマセット・ハウスに長期展示される70人のアーティスト・イン・レジデンスの一人です。サマセット・ハウスは、かつての王宮から創造性と芸術のための遠心分離機に変貌しています。歩行者は、サマセット・ハウスの真向かいに位置する「The Voice Line」に、170mの道のどの地点からでも入ることができ、朝から晩まで、オーダーメイドのサウンドスケープを体験することができます。このインスタレーションは、視覚的にも素晴らしいもので、ライアン氏がカスタマイズした真鍮製のエンクロージャーが、風雨から各スピーカーを守りながら視覚的な美しさを高めるようにデザインされています。照明の「ライティングリング」がそれぞれのスピーカー・エンクロージャーを囲んで、音と連動して点灯し多感な体験をもたらすのに貢献します。「夜間は、音の動きを表現し、とても美しく見えます。」とライアン氏は続けます。

『The VoiceLine』のオープン以来、ライアン氏は異なるカスタマイズされたサウンドスケープをいくつか実験してきました。録音素材は、環境音や作曲を含む自身のサウンドライブラリー、他の委託アーティストの作品、BBCオーディオアーカイブ全体など、さまざまなソースから取り出しています。プログラムのスケジュールは、時間と歩行者の通行状況など、いくつかの要因によって影響されます。「例えば、歩行者が端から入ってルート全体を歩くとします。そうすると、スピーカーアレイで物語を紡ぐことができます。」と語ります。「プログラムによってはペースが異なっており、ゆっくりのものもあれば、早く道を移動するものもあります。」

例えば、ライアン氏が『マンマ・ミーア』のウォームアップで録音したキャストを集めた「シアターランド」や、過去50年間の奇妙な周波数によるスパイ放送などといったコンテンツがあります。「日が暮れて暗くなると、もっと実験的なコンテンツを提供することができるようになります。」と指摘します。

L-ISA Studioでの作業について

VoiceLineのいくつかの放送で、ライアン氏はL-ISA Studioを利用して、特に広がりやリバーブなどの要素をより高度に制御しています。「VoiceLineは基本的にイマーシブシステムを直線に展開したようなものですが、L-ISA Studioはインスタレーションを円滑な体験に仕上げるのに役立ちました。イメージとしては、次の『サウンドバブル』のオーディオに正確に重なるサウンドバブルを作成することですが、L-ISA Studioのおかげでそれをシームレスに行うことができます。」

スピーカーはひし形状に配置され、比較的低いレベルで音を流しているので、リニアリティが途切れることはありません。「L-Acousticsのスピーカーからは非常に忠実な音が得られ、これをL-ISA Studioソフトウェアと組み合わせて使うことで、各スピーカーの固定点が知覚できなくなります。各スピーカーが完璧に重なり合うことで、一貫した体験ができるのです。」

『The VoiceLine』で放送される、より複雑な作品の作曲やミキシングを行う際、ライアン氏はL-ISA Studioを使って空間と次元を表現しています。「没入感あるリバーブがとても気に入っています。もし時間があれば、あらゆる音源にこのリバーブを使いたいくらいです。どんな音源でも驚くほど豊かなサウンドになるからです。真にモデル化されたもので、サウンドが全然違います。」と語ります。また、ソフトウェアの強力なパンニングとローテーション機能も高く評価しています。「他のイマーシブツールにはない機能ですが、スピーカー間の動きはシームレスで、ローテーション機能は、オブジェクトを180°完全に移動させたいときに非常に便利です。」

Photo Credit: Mickey Lee

テムズ川の鯨

『The VoiceLine』プログラムの中でライアン氏の一番好きな作品は、海洋音響生態学者の第一人者である同僚のミシェル・フォーネ(Michelle Fournet)氏が録った鯨の群れの4重録音です。2人はクジラのドキュメンタリー映画『ファゾム ~海に響く音~』でコラボレーションし, ライアン氏はその優れたサウンドデザインでエミー賞を受賞しています。「鯨の録音をL-ISA Studioで展開し、チャーチリバーブをかけ、真ん中のスピーカーにリバーブをかけずにミシェルのナレーションを入れたら、素晴らしい音になりました。彼女の声は実にクリアで、左右の5つのスピーカーから同じ信号が出ているにもかかわらず、コムフィルターがかからないで聴くことができます。そして、その周りに鯨が泳ぎながら歌っている録音が8台の隣接しているスピーカーから通りに広がります。単に素晴らしいです。」

『VoiceLine』の夕方のプログラムに流される『マンマ・ミーア』のキャストがウォーミングアップをしている録音では、ライアン氏はマルチトラック録音をL-ISA Studioにアップロードして、パンニングコントロールを利用しシアターリバーブをかけて各サウンドオブジェクトをわずかに広げました。その結果、「信じられないほど空間的な深みが出て、素晴らしい!」と評価します。

『The VoiceLine』がライアン氏にとって、そして歩行者にとって、刺激的なインスタレーションである理由のひとつは、音が人間の知覚の生来の形態であり、人類の進化と密接に根差していることにあります。「音は私たちのコミュニケーションの主要な形態です。」とライアン氏は指摘します。「意味や言語を完全に視覚的に表現する以前、人類は、何よりも音に頼って文化を形成してきました。」

プリントアウト版はこちらから